劇団四季の舞台で見た、アナと雪の女王。
カウンセラー目線で、ネタバレちょいありですが、綴ってみたいと思います。

愛と怖れ

「愛と怖れ」以外にないともいわれているのが、心の世界。
そして、この舞台もまた、「愛と怖れ」を軸に、

出演者の方の感情
音楽

温度(暖かい世界と氷の世界)

と、あますことなく表現されています。

スクリーンでみるよりも、はるかにダイレクトに、愛と怖れを感じられて、臨場感がたまりません。

さて、心理学でも、親密感は「愛」、分離は「恐れ」と言われています。
この舞台においても、親密感が描かれているシーンがいくつかあるのです。

親密感のシーン、いくつかはこのストーリーの主軸ではないのです。
親密感のシーンが正直無くても、伝わるはず。
だからこそ
「あれ、このシーン長くない?」
と、私は感じるほどだったんです。

でも、舞台に、映画に、小説に、無駄なシーンは一つもないと言われています。
だとしたら、これはなにを表現しているのでしょう。

親密になる(愛)とはどういうことか


それは、人と親密になるってことは、どういうことか?
とっても心が温かくて、ほかほかして、幸せで、ユーモアーたっぷりで、ほがらかで、笑いがあって、ゆるゆるとしている。
「愛」というのはなにか?を、伝えたいのだなと、感じるのです。

分離していく(怖れ)とはどいうことか


そして、反対に「人と分離していく」ということは、どういうことか?

特にエルサ(姉・雪の女王)や、ハンス(13番目の王子・裏切り者)が表現していく世界ですが

自分という存在が、人を傷つける(加害者意識)
そして人が自分を傷つける(被害者意識)
隠れなきゃ。鎧を全身にまとい、深刻に、怖れに飲まれていく。

そして、人を攻撃していってしまう。
でも、それは、本当は、自分が怖さに飲み込まれていってしまっているということなのかもしれません。

怖れを終わらせるのは


怖れに飲み込まれ、誰かを、自分を傷つけてしまうこと。
この恐れを終わらせるのは、自分が死ぬことでは、ありません。

エルサ(雪の女王、姉)も、わかっているのです。
自分が呪い、凍らせてしまったものは、自分が死んでも、もとに戻るわけでもないと言うこと。

自分がたとえ死んだところで、この呪いは解けることはない。
死ぬことではない方法で、怖れを、攻撃を、防衛を、呪いを、終わらせなければならないということ。

私たちにある恐れと、終わらせ方


怖れというもの。
きっと、私たちにも、大なり小なりあるのだと思います。
自分が恐れて、人を遠ざけてしまったこと。
その傷。
自分をも人をも傷つけてきたこと。自分が死んだら終わりじゃないのです。

自分が親密感の世界にもどってくること。
愛の世界に戻ってくること。
許されているということ。

私たちにも伝えたいのだと、思います。


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