私は、「ごめんなさい」が言えない人でした。


謝るくらいなら、いなくなる。

もしくは、ふてくされる。

あるいは、過剰に謝って、その場にいられなくなって去る。


いつも「去る・いなくなる」という方法を使って「謝る」ということを回避してきました。


息子を授かって、変わった世界



そんな私が、発達障がいのある息子を授かりました。

息子を育てる中で、
「どうしても謝らなきゃいけない場面」
が、どんどん増えていきました。


でも、息子と一緒にいる限り、私の“逃げ道”は使えません。

その場から去ることもできず、ただただ謝り続けるしかありませんでした。


許されるという体験

コロナ禍前の話です。


待つことがなによりも嫌いな息子。
私が発熱して、息子を家においておくこともできず、一緒に病院に連れて行きました。
病院の待合室で、どんどん熱があがる私。
そんな私におかいましで息子は待合室を、走りまわります。

私がどれだけ必死で「やめなさい、静かに、走らない!」と言っても、どれだけはがいじめにしようとも、すり抜け、息子ははしゃぐのをやめません。
そして息子はぱっと見て、障がいのあるこどもには見えません。

「いいかげんにしろ!」
と、他の具合の悪い方に迷惑をかけてしまいました。当然です。

泣きながら謝る私。

男性の怒鳴り声と、泣きながら謝る声が聞こえたのでしょう。
様子を見に走ってきた看護師さんに
「息子は発達障がいなんです、ごめんなさい」
と私が泣きながら謝りました。
看護師さんは事情をすべて把握したような表情をしました。

そして、私の肩をそっと抱き寄せるように別室にかくまってくれました。
「すぐに先生呼んできますからね」
あの日の看護師さんのあたたかさを、忘れません。


またある日、外食に行って、サービスで出してくださった抹茶のアイスに息子が
「おれ、抹茶嫌いなんだよね」
と言い放ちました。

私は焦って「ごめんなさい」と謝ると、その方はうふふっと笑ってくださったんです。


そんな出来事が何度もあって、

「許してくれる人って、本当にいるんだ」

私は気づいたんです。

許されて初めて、人は謝れる


謝れなかった私が、少しずつ謝れるようになったのは、許してくれる人というものを見ることができたから。


謝れない私は、どうせ「ごめんなさい」と言ったところで、許されるわけがない。と、思っていたのです。


謝れない人は、自分は迷惑な存在で、嫌われている。

許されるはずない。

そう思って、自分を責め続けているのです。

そして、私は自分を責めますから、どうかこれ以上責めないで。
だって、周りは私をいっぱい責める人でしょ。
そうやって、周りを敵で、許してくれない人、優しくない人と、感じているのです。
私も、そうでした。


でも、本当は違いました。
息子というかけがえのない存在のためにいっぱい「ごめんなさい」と謝って

息子と私が許される
という経験を通して

そうか、謝ったら許してもらえるんだ。
世界には、優しい人がいる。

そして、優しい世界がある。
それはきっと、私も同じだと、思えたのです。

だから、私も、自分がしてしまったことでも、謝れるようになっていったのです。

「ごめんなさい」が言えなかった私が、謝れるようになったワケは・・
息子のおかげ・・


なのです。
が、「世界は優しい」と心から思えるようになったのは、息子とただ日々を過ごす中で自然に気づけたわけでは、実はなかったのです。

実は、夜な夜なしていた「秘密の自主練」の成果でもあるのです!

この「秘密の自主練」によって
「そうか、許してくれる人っているんだ。世界は優しいのかもしれない」
と、思えるようになっていったのです。


■5月3日(土・祝)「売れっ子カウンセラーへの道」


「論理的思考も心理分析も苦手だった私が、電話指名1位になれたわけ」

にて、その「秘密の自主練」の全貌をシェアします。

秘密の自主練には

カウンセリングがぐっと深くなるヒント、

そして、私たち自身が“生きやすくなる”ためのヒントがギュッと詰まっています。


私が実践してきたこの「秘密の自主練」、今までどこにもシェアしてこなかった全てを、包み隠さずオープンにお伝えします!


お楽しみに♡


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インタビュアーの大野愛子カウンセラーと私。
写真を撮ってくれたのは及川倫生カウンセラーです。