のどから手が出るほど欲しかったもの


天命を知りたいと思ったことはありますか?
そのヒントは、
「こどものころ、のどから手が出るほど欲しかったもの」
のなかにあるのかもしれません。

幼少期に願ったもの


私にとって、「子供のころ、のどから手が出るほど欲しかったもの」は、家族全員の笑顔です。

幼いころ、父の無視と、母の涙のなかで育ちました。
「お願いだからしゃべってください」
よく、母は涙ながらに父に訴え、疲れ果てて、貧血で倒れていました。

その姿を見ても、なにもできず、ただただ私は
「どうか、家族に笑顔が訪れますように」
「どうか、お父さんが笑ってお話ししてくれますように」
「どうか、お母さんの涙が止まって、元気になりますように」

「いっぱい我慢します。いい子でいます。お父さんとお母さんがどうか笑って、私を見てもらえますように」
と、祈ることしかできませんでした。でも、その祈りは届きませんでした。

絶望と「家族を作りたい」と思えた日


やがて両親は離婚。

父が再婚し、母も再婚し、妹の独立。
家族がいるのに、だれもいない。
家はある。でも、ぬくもりはない。

真夜中の部屋で
「私、なんのために生きているんだろう」
「生きているのに誰にも必要とされていない」
世界に居場所がないと思うと、眠れずに、天井を見つめながらよく泣いていました。

自分を支える方法をどうにか探さないと生きるのすら難しい。
今日を生き延びるためにどうにかたどり着いたのが心理学でした。

家族を作りたいと思えた日


「絶望のなかに、本当の私の答えがある」
望まなければ、絶望もしない。それほど絶望するほど、欲しいのだ。
心の仕組みを知って、涙が止まりませんでした。
私はようやく自分の本当の願いを見つけたのです。

「私は家族が、欲しい」
と、自分の答えを知ったのです。

この答えがわかったことが、私の人生を大きく変えてくれました。

天命

家族が壊れていなければ、私は自分勝手な性格なので、たとえ家族ができても大切にせず好き勝手生きたことでしょう。

でも、かつて絶望のそこで、どんなに願ってもかなわなかった夢だから。
大切にしようと思える。

でも、独りでその夢をかなえることはできませんでした。
「家族が壊れていった私に、幸せな家族を作るのはやっぱり無理」
何度も挫折しそうになりました。

それでも
「大丈夫。できるよ」
と、信じてくれた仲間がいた。

だから、ここまでこれました。

そのなかで、
「こどものころから、のどから手が出るほどほしかったものこそ、天命になる」
と、知りました。

「ない」を知っているからこそ、届けられるもの


私は思うのです。
「家族に絶望した人ほど、家族を作る才能がある」
「孤独を知っている人ほど、人の心に寄り添う天命がある」
「自分に絶望した時、だれかの応援に救われた人ほど、応援する力を知っている」

欠けていたことは、欠陥ではなくて、「才能の種」です。
「ない」を知っているから、どれだけ尊いのか知っている。
だから、届けられる。

私は夫婦・子育て・家族・ひとりぼっち・生きづらさに悩む人と
消えかけている愛のともしびを、再びともす方法を一緒に考えたいと思っているのです。

それがなくて、本当に苦しかったから。
届けたいと、思っています。


芸人さんと笑い


それこそ、テレビで活躍する芸人さん。
彼らのなかに、貧しさや、家庭の事情から
「家族に笑いがなかった」
人が多いと言われています。

「家族に笑いがあったら、どれだけ救われただろう」
その切実な願いが、今は人々に笑いを届ける力になっている。

のどから手が出るほど欲しかったもの。
「なんでなかったんだ!」と、嘆くのではなく。
「どれだけそれが尊いのか知っているからこそ、自分から人に届ける」

そう思えたとき、人は天命を生き始めるのだと思います。

あなたの天命はなんでしょう


「私の天命ってなんだろう?」
そう思うあなたに、聞きたいことがあります。

あなたがこどものころ、なくて困って、のどから手が出るほど欲しかったもの。
それは、なんでしょうか。

安心?
やさしさ?
話を聞いてもらえること?
信じてくれる誰か?

それが、あなたの天命かもしれません。
そしてそれを今、だれかに届けたいと思えたなら。
あなたの天命はすでに動き出しています。

私は誰かの喜び


天命は、ふと振り返ったときに気づくことが多いものです。

笑ったり、泣いたり、だれかを思ったり。
あなたが生きていることそのものに、「誰かを幸せにする力」があります。

きっとあなたは、だれよりもそれが欲しかった人なのではないでしょうか。

「私は誰かの喜び」
それが、あなたの天命なのかもしれません。

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