先日は弊社の講演イベント「K-1グランプリ」にご参加いただきありがとうございました!
ありがたいことに、1位をいただくことができました。
みなさま、本当に本当に、ありがとうございました。
私が「生きる」と決めた理由
かつての私は
「私なんかが生きても、意味なんかない」
「私がいなくなっても、誰も悲しまない、誰も泣かない」
と、本気で思っていました。
でも「絶対に、そんなことないのだ」と気づく出来事がありました。
私の大切な人が空に還って私が気が狂うかと思うほど泣いたから、です。
「なんで?」「どうして?」
涙が枯れるほど、泣きました。
これは、私の大切な人だけの話ではありません。
きっと、あなたも、私も、いなくなったら、涙が枯れるほど泣く人がいます。
そして、もし。
かつて死に戯れていた私が本当にお空に還ってしまったとします。
でも、お空の上から、その涙が枯れるほど泣いてくれる人を見たなら
「なんだ、私、こんなにも愛されていたんだ」
「私、ここにいてよかったんだ」
と、涙するだろう。
だったら
かっこ悪くても、不完全でも、生きたい。
ともに喜びの涙を流したい
と、思ったのです。
だから、私は生きると、決めました。
そんなお話をさせていただきました。
「生きている」それがどれだけ誰かへのギフトなのか
これは、私だけの話じゃありません。
あなたがいなくなったら、悲しいのです。
あなたがいなくなったら、涙が止まらないほど泣く人がいます。
「あなたが生きていてくれる」
それだけで、だれかを喜ばせているのです。
私たちは喜びの存在なのです。
あなたが生まれてきた。
その一点をもって、親を親にしてあげられた。
これ以上のギフトはありません。
でも。
じゃあ、なんで、親はああだったの?と、思う方もいるでしょう。
本当は、もっと喜んでほしかったよ。
「私が生まれてきて、よかった」
「私が生きててくれて、うれしい」
もっと、言ってほしかった。
そんな思いがあふれる方も、いらっしゃるかもしれません。
私も、その思いが強すぎて、自分で抱えきれませんでした。
そして、死に戯れて、生きることから逃げていました。
でも、なぜそうせざるを得なかったのか。
人一倍「生きたい」と願っていたから。
一生懸命生きている自分を、誰かに受け取ってほしかったから。
「あなたと一緒に生きたい」
と言ってもらえることが、どれほど幸せなことかを知っているのです。
共に生きる喜びを、受け取りなおす
当日、講演を聞いて一緒に涙してくださった皆さんの姿を見て、
私も一緒に泣きました。
私たちどれだけの想いで、一生懸命生きているか。
私たちみんながどれだけ喜びの存在なのか。
皆さんのおかげで、改めて私も受け取りなおしました。
みんな、生きててくれて、ありがとう!
みんな、生まれてきてくれて、ありがとう!
本当に、私にとっても、あなたは喜びの存在。
当日は、お空にいる大切な人が、私の手を取って一緒に隣にいてくれたと感じました。
あなたは、一生、私のなかで生き続けています。
出会ってくれて、私の命を救ってくれて、本当にありがとう。
そして、一緒にK-1に取り組んだ仲間、トレーナーのみなさま。
なによりも、当日まで私を支え続け、ともに生きてくれている夫。
本当に、ありがとうございました!
心から愛しています。
これからも、一緒に生きたい。
そして、私は本当に
「死にたい」と、あれだけ願っていたけど、本当に、あの時に死ななくてよかった。
生きていて、本当によかった。
あの時、耐えてくれて、本当にありがとう。
本当につらかったけど、生き延びてくれてありがとうと思っています。
このブログを読んでくださっているあなたも。
もし、生きづらさを抱えているなら、一人で悩まず、お声がけください。
いつでも、待ってますから。
あなたは、喜びの存在。
あなたは、ここにいていいのです。

ありがたいことに、1位をいただくことができました。
みなさま、本当に本当に、ありがとうございました。
私が「生きる」と決めた理由
かつての私は「私なんかが生きても、意味なんかない」
「私がいなくなっても、誰も悲しまない、誰も泣かない」
と、本気で思っていました。
でも「絶対に、そんなことないのだ」と気づく出来事がありました。
私の大切な人が空に還って私が気が狂うかと思うほど泣いたから、です。
「なんで?」「どうして?」
涙が枯れるほど、泣きました。
これは、私の大切な人だけの話ではありません。
きっと、あなたも、私も、いなくなったら、涙が枯れるほど泣く人がいます。
そして、もし。
かつて死に戯れていた私が本当にお空に還ってしまったとします。
でも、お空の上から、その涙が枯れるほど泣いてくれる人を見たなら
「なんだ、私、こんなにも愛されていたんだ」
「私、ここにいてよかったんだ」
と、涙するだろう。
だったら
かっこ悪くても、不完全でも、生きたい。
ともに喜びの涙を流したい
と、思ったのです。
だから、私は生きると、決めました。
そんなお話をさせていただきました。
「生きている」それがどれだけ誰かへのギフトなのか
これは、私だけの話じゃありません。
あなたがいなくなったら、悲しいのです。
あなたがいなくなったら、涙が止まらないほど泣く人がいます。
「あなたが生きていてくれる」
それだけで、だれかを喜ばせているのです。
私たちは喜びの存在なのです。
あなたが生まれてきた。
その一点をもって、親を親にしてあげられた。
これ以上のギフトはありません。
でも。
じゃあ、なんで、親はああだったの?と、思う方もいるでしょう。
本当は、もっと喜んでほしかったよ。
「私が生まれてきて、よかった」
「私が生きててくれて、うれしい」
もっと、言ってほしかった。
そんな思いがあふれる方も、いらっしゃるかもしれません。
私も、その思いが強すぎて、自分で抱えきれませんでした。
そして、死に戯れて、生きることから逃げていました。
でも、なぜそうせざるを得なかったのか。
人一倍「生きたい」と願っていたから。
一生懸命生きている自分を、誰かに受け取ってほしかったから。
「あなたと一緒に生きたい」
と言ってもらえることが、どれほど幸せなことかを知っているのです。
共に生きる喜びを、受け取りなおす
当日、講演を聞いて一緒に涙してくださった皆さんの姿を見て、
私も一緒に泣きました。
私たちどれだけの想いで、一生懸命生きているか。
私たちみんながどれだけ喜びの存在なのか。
皆さんのおかげで、改めて私も受け取りなおしました。
みんな、生きててくれて、ありがとう!
みんな、生まれてきてくれて、ありがとう!
本当に、私にとっても、あなたは喜びの存在。
大切なあなたへ
当日は、お空にいる大切な人が、私の手を取って一緒に隣にいてくれたと感じました。
あなたは、一生、私のなかで生き続けています。
出会ってくれて、私の命を救ってくれて、本当にありがとう。
そして、一緒にK-1に取り組んだ仲間、トレーナーのみなさま。
なによりも、当日まで私を支え続け、ともに生きてくれている夫。
本当に、ありがとうございました!
心から愛しています。
これからも、一緒に生きたい。
そして、私は本当に
「死にたい」と、あれだけ願っていたけど、本当に、あの時に死ななくてよかった。
生きていて、本当によかった。
あの時、耐えてくれて、本当にありがとう。
本当につらかったけど、生き延びてくれてありがとうと思っています。
このブログを読んでくださっているあなたも。
もし、生きづらさを抱えているなら、一人で悩まず、お声がけください。
いつでも、待ってますから。
あなたは、喜びの存在。
あなたは、ここにいていいのです。
