「自分の人生の主役は自分である」

と、当たり前に思えていますか?

あなたがあなたらしくいることが、周り人にとっても、大きな影響力を持っていると、当たり前に知っていますか?

つい、自分自身の力を小さく見積もってはいませんか?
自分の人生なのにどこか「他人事」のように眺めてはいませんか?

私もそこそこ覚悟を決めたつもりでも、その覚悟はいつのまにかずれていた。
ふわふわしていました。

めまいと石


私自身、昨年後半から「めまい」が始まりました。

めまいとは、耳の中にあるバランスをつかさどる石(耳石)が剥がれたり、本来あるべき場所からずれたりすることで起こります。
常に船酔いをしているような、バットを中心に10回回ったあとのような、ぐるぐるに日常を襲われます。

常に気持ちが悪いのです。

体からアプローチもしました。
だいぶよくはなるものの、すっきりはなかなかしない。

だからこそ、私もカウンセラーの一人です。
「このめまいは私に何を教えてくれているんだろう?」
と、セルフカウンセリングしました。

自転車に乗りながら。
ちょうどその時、神社に通りかかったので、お参りをしました。

そこには、治水のための石が祀られていました。
洪水の多いこの場所が、どうか災いから守られますようにという祈りの石。

「きっと、この石がずれたら、昔の人は洪水が起こる、たたりが起こる」
と、思っただろうなぁと思ったのです。

そのとき、これが私にも起きているのだと思ったのです。

この耳の中のずれている私の石。
私にとっての「要石」だ。

要とずれと災い



要石とは、古くから日本に伝わる、地震や洪水などの災いを抑え込むための大切な石のこと。
この石がずれると、そこから災いがあふれ出します。

それが、今、私のなかでも、同じことが起きている。

だとしたら、閉じる(もとに戻して、しっかり祀って、祈ること)が何より大事だとも思ったのです。

自分自身の「人生の要」からずれてしまったこと。
しかもそれを他人事のように思っていたこと。
そのずれが、体調不良という「災い」になって、現れていたのです。

「ずれた要石を閉じていく。他人事にせず、今自分ができる精一杯やる。
自分の今できることを、他人事ではなく、大切な人の要石に自分もなる。
そして、私自身の要石も、ずれたら閉じる」

そう覚悟したら。
ちょっと不思議な話に聞こえるかもしれませんが、あれほど続いていためまいが止まりました。
私も、「これが答えなのだ」と、しっくりきた感覚でした。

他人事から自分事へ


これは、めまいを抱えた私だけの話ではありません。

今、何らかの生きづらさや不調を感じているあなたも、同じようなことが起きているのかもしれません。

あなたがあなたの「人生の要」から少し降りているよ、要石がずれているよ、というサインかもしれません。

✅誰かの顔色を窺いすぎて、自分の本音が後回しになっていませんか?
✅自分の人生なのに、だれかにハンドルを握らせていませんか?

それにはきっと、理由もあるのだと思うのです。

大切な人に、嫌われたくない。
寂しい思いを、もう二度としたくない。
それほど、傷ついたり、思い通りにいかない憤りや、悲しみや、どうしようもない絶望もあったのかもしれません。

それでも、何度でも。何度でも。
自分の人生の要から、降りない。
ずれたなら、本来あるべき場所に戻す。

「要石を、閉じる(元の場所に戻す)」
そうイメージするだけでも、無駄な力が抜け、地に足がついている感覚を味わう方もいると思うのです。

水と火山に囲まれ、洪水や地震の多い日本で。
かつての人々が、災いが起きないようにと祈りを込めて石を置いたように。

私もまた、自分自身の要を、石(意思)を自責のために使わうのではなく、要石として置くと決めました。

そして、クライアントさんの「要」を本来の場所に戻すお手伝いをします。


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