私には「誰かを愛する」という感覚がわからない。
ずっと、私が思っていたことです。
そして、今だって、本当の意味ではわかっていないのかもしれません。
でも、それでもいいと思うのです。
100%わからなくても。
・誰かの幸せを祈る。
・誰かに優しくしたいと思う。
・大切な人を思うと、温かい気持ちが湧く。
このすべてを私は「愛」だとカウントしていいと思っているのです。
「愛がわからない」は、愛の才能がある証拠
カウンセリングの現場でも
「愛するというのは、どういうことですか?」
「愛がわかりません」
と、お話しする方に、時々出会います。
そうやって問いを立てる方のなかには、幼少期の家庭環境など、これまでの人生で辛さや苦しさ、虚しさを抱えざるを得なかった事情が少なくありません。
どうしたらいいのかわからないと、ずっと一人で抱えてこられたのだと思うのです。
でも、私は「愛がわからない」と悩む方ほど実は
「愛というものにこだわるくらい、愛の才能がある方」
だと、私は思うのです。
完璧な愛という「ファンタジー」
愛がわからないと悩む時。
「愛」というものを、とても壮大で完璧なものとしてとらえすぎている可能性があると思うのです。
完璧で、無償で、無条件の愛。
幼いころ、親から欲しかった愛をもらえなかったと感じるとき。
人は
「いつか神様のような完璧な愛に出会えるだろう」
と理想の愛を夢見ることがあります。
その夢が心の支えになり、辛い日々を生き延びられた方だって、いらっしゃると思うのです。
でも、人である以上、私たちは誰もが「自分自身が一番かわいい」という本音を持っています。
だから、人に完璧な、無償の、無条件の愛を与え続けることはできないと思うのです。
いえ、たとえそれだけ完璧な愛を大人になって与えてもらったとき、今度は
「私が欲しいのは、これじゃない。あの幼き頃の、あの親から欲しかった!」
と、怒りや悲しみが噴き出してくることも多いものです。
その苦しみに耐えられない。
そして、それだけの完璧な、無償の、無条件の愛を、自分も与え続けられないのも現実だから。
本当はわからないのではなく「わかりたくない」のかもしれません。
私が、そうでした。
愛をサイズダウンしてみる
「愛がわからない」
「愛を知りたい」
と思うなら。
一度、愛のサイズダウンをしてみませんか?
千里の道も一歩より
大きな幸せも、大成功も、最初の一歩はいつだって小さなものです。
「こんな小さなこと、たいしたことない」と、切り捨ててしまうのは、とてももったいないこと。
愛も、人生も、幸せも、もっと小さな単位で「1カウント」してみませんか?
・人に優しくしてもらったら、これは愛の1カウント。
・自分も誰かに笑顔をあげられたら、愛の1カウント。
・誰かと笑い合えたら、幸せの1カウント。
・怒りや寂しさを感じたら、それも人生の1カウント。
・「あの人、素敵だな」と思えたら、尊敬の1カウント。
大きな100点満点を狙いに行って立ち尽くすより。
日常に転がっている小さな「1」をたくさん集めていく。
私もついついわかりやすい大きさを求めてしまうこともあります。
でも、やっぱり小さな思いやりを、感謝して受け取っていきたいと思うのです。
そして、自分もできるところから。
あなたのなかにある小さな「温かさ」も、どうかたいしたことないとか、
こんなの愛じゃない
愛がわからないと、思わずに
「これも愛なのかもしれないな」
と、ふんわり思ってあげてほしいなと、私は思うのです。
でも、これでいいのかわからない。
誰かに話を聞いてほしい。
そんな時は、カウンセリングも利用してみませんか?
本日も待機しております。

ずっと、私が思っていたことです。
そして、今だって、本当の意味ではわかっていないのかもしれません。
でも、それでもいいと思うのです。
100%わからなくても。
・誰かの幸せを祈る。
・誰かに優しくしたいと思う。
・大切な人を思うと、温かい気持ちが湧く。
このすべてを私は「愛」だとカウントしていいと思っているのです。
「愛がわからない」は、愛の才能がある証拠
カウンセリングの現場でも
「愛するというのは、どういうことですか?」
「愛がわかりません」
と、お話しする方に、時々出会います。
そうやって問いを立てる方のなかには、幼少期の家庭環境など、これまでの人生で辛さや苦しさ、虚しさを抱えざるを得なかった事情が少なくありません。
どうしたらいいのかわからないと、ずっと一人で抱えてこられたのだと思うのです。
でも、私は「愛がわからない」と悩む方ほど実は
「愛というものにこだわるくらい、愛の才能がある方」
だと、私は思うのです。
完璧な愛という「ファンタジー」
愛がわからないと悩む時。
「愛」というものを、とても壮大で完璧なものとしてとらえすぎている可能性があると思うのです。
完璧で、無償で、無条件の愛。
幼いころ、親から欲しかった愛をもらえなかったと感じるとき。
人は
「いつか神様のような完璧な愛に出会えるだろう」
と理想の愛を夢見ることがあります。
その夢が心の支えになり、辛い日々を生き延びられた方だって、いらっしゃると思うのです。
でも、人である以上、私たちは誰もが「自分自身が一番かわいい」という本音を持っています。
だから、人に完璧な、無償の、無条件の愛を与え続けることはできないと思うのです。
いえ、たとえそれだけ完璧な愛を大人になって与えてもらったとき、今度は
「私が欲しいのは、これじゃない。あの幼き頃の、あの親から欲しかった!」
と、怒りや悲しみが噴き出してくることも多いものです。
その苦しみに耐えられない。
そして、それだけの完璧な、無償の、無条件の愛を、自分も与え続けられないのも現実だから。
本当はわからないのではなく「わかりたくない」のかもしれません。
私が、そうでした。
愛をサイズダウンしてみる
「愛がわからない」
「愛を知りたい」
と思うなら。
一度、愛のサイズダウンをしてみませんか?
千里の道も一歩より
大きな幸せも、大成功も、最初の一歩はいつだって小さなものです。
「こんな小さなこと、たいしたことない」と、切り捨ててしまうのは、とてももったいないこと。
愛も、人生も、幸せも、もっと小さな単位で「1カウント」してみませんか?
・人に優しくしてもらったら、これは愛の1カウント。
・自分も誰かに笑顔をあげられたら、愛の1カウント。
・誰かと笑い合えたら、幸せの1カウント。
・怒りや寂しさを感じたら、それも人生の1カウント。
・「あの人、素敵だな」と思えたら、尊敬の1カウント。
大きな100点満点を狙いに行って立ち尽くすより。
日常に転がっている小さな「1」をたくさん集めていく。
私もついついわかりやすい大きさを求めてしまうこともあります。
でも、やっぱり小さな思いやりを、感謝して受け取っていきたいと思うのです。
そして、自分もできるところから。
あなたのなかにある小さな「温かさ」も、どうかたいしたことないとか、
こんなの愛じゃない
愛がわからないと、思わずに
「これも愛なのかもしれないな」
と、ふんわり思ってあげてほしいなと、私は思うのです。
でも、これでいいのかわからない。
誰かに話を聞いてほしい。
そんな時は、カウンセリングも利用してみませんか?
本日も待機しております。
