ちっぽけに扱う
突然ですが、質問です。
もし誰かから、
「あなたなんて、ちっぽけで、大したことない存在だよね」
と言われたら、どんな気持ちになりますか?
私は、ものすごく嫌な気持ちになります。
相手を嫌いになるかと思います。
相手を嫌いになるかと思います。
私が所属するカウンセリングサービス(母校・神戸メンタルサービス)では、「見下し」のことを「相手や自分をちっぽけに扱うこと、たいしたことのない存在として扱うこと」と表現します。
「そんなひどいこと、私はしない」と思うかもしれません。
でも実は、私たちは意外なほど、無意識にやってしまっているのです。
相手に対してだけではありません。
自分自身に対しても、です。
かつての私は、「見下しのループ」で「引きこもり」を何度も経験するまでに
今でこそ幸せな結婚生活を送っていますが、かつての私は、本当に驚くほど人を見下して生きていました。
心の中で、いつも誰かをジャッジしていたんです。
「大したことないな」
「この人はダメだな」
「私のほうがまだマシ」
その結果、どうなったと思いますか?
……ものすごく、人に嫌われました。
そして、嫌われた自分を見て、
「やっぱり私はダメなんだ」と、さらに自分を見下す。
その苦しさに耐えられなくて、また自分より下の人を探して一瞬だけ安心する……。
誰かをちっぽけに扱っては、自分も傷つく。
そんな地獄のようなループを繰り返し、やがて心が限界を迎えて、家から外に出られない「引きこもり」を何度も経験するまでになってしまいました。
「人は誰も、ちっぽけな存在ではない」
そんな私が変わるきっかけをくれたのが、心理学の学びでした。
そこで知ったのは、「相手も、自分も、誰もがちっぽけな存在なんかじゃない」ということ。
実は私、離婚した父をずっと見下していました。
男性そのものへの不信感や見下しも強かったんです。
けれど、父をもう一度見つめ直し、尊敬できる部分をちゃんと見つけられたとき、不思議なくらい男性を見る目が変わりました。
その後、夫と出会い、信頼し合える関係を築くことができたのです。
相手をちっぽけに見る世界から、「人と自分の価値を信じられる世界」へ少しずつお引越しをしたことが、幸せなパートナーシップに繋がったのだと確信しています。
いまだに「悶絶」しながら取り組んでいます!
先月、母校の神戸メンタルサービスは、思考の学校さんとのYouTube上でコラボしていました。
思考の学校さんでは「見下し」動画がいくつもありました。
それを拝見しまして・・
私自身「うわ、いまだにやってるわ……」と大悶絶しました(笑)。

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