私の息子は発達障がいの診断を受けています。
発達障がいとは、聞いてことがある方もない方もいらっしゃると思います。

発達障がいとは

言語、学習、行動、身体に何らかの不全を抱えた状態であり、脳機能の発達が関係する障がいです。

そして、自分自身や周りに困り感があるときに診断がおりるようです。
外見からはわかりにくいことがほとんどです。

また、発達障がいの診断がおりていても、人それぞれ性格に個性があるように、障がいの特徴も人それぞれ。
年齢や環境によっても違ってきます。

私自身も、一つのことへの集中力は高いものの、一度にたくさんのことを処理できなかったりします。
診断は受けていませんが、傾向があるなと感じています。

そんな私と息子ですが、息子の発達障がいがわかったころのお話を書いてみたいと思います。
私が人生で一番自分を責めた時期のことです。



無題

障がいに限らず、病気であったり、理由はなんであろうとお子さんが苦しんでいたりすると、親御さんは本当に心配されますよね。
心を痛めていらっしゃるのではないかなと思います。
代われるものなら代わってあげたい、そんなふうにも思われるかもしれません。

そして、自分のせいじゃないか、強い子に産んであげられなかったのは、育ててあげられなかったのは自分に悪いところがあったりするのじゃないか。
そんなふうにもご自身をたくさんたくさん自覚されている以上に責めていらっしゃるケースがほとんどです。

「本当に誤解なんですよ~!!」
それは、本当に声を大にしてお伝えしたいなと心から思っています。

私自身も、
「私のせいなのではないか」
「私のせいで大事な息子が人生を苦しむことになるんじゃないか」
「一緒に死んでしまおうか」
正直、頭をかすめたこともありました。

「きっと大人になったら普通の子どもになるのかも」
「今はちょっとなにかの手違いなんじゃないか」
など…。

必死で考えては、現実を否定してみたり、涙が止まらなかったり、罪悪感でひどい落ち込みがあったり。
それは息子の強さや息子そのものを信じてあげられなかった状態です。
それぐらい辛かったのでした。

でも、その罪悪感の下には、すぐには信じられないかもしれないのですがどうやら「大きな愛」があると言われています。
私は発達障がい児の子育てのなかで、私にはないと感じていた
「愛」を一緒に見つけたり、「愛」を一緒に育んでいるんだなぁ!
と思っています。

息子が2歳のころ


発語がなかったことと、落ち着きがない、飛び出してどこかにいってしまう、毎回のように迷子になる、いやだと思うとパニックのように暴れる、寝ない、などがありました。

でも、大切に育ててきた我が子ですし、男の子ということもありそれぞれ個性があって当然だなと、感じていました。
大変だなと思うことは正直ありました。
運動神経が抜群によくて、愛情表現も豊かで、元気に外遊びも楽しんでいましたので、成長したら変わっていくだろうなとのんびり思っていました。

そんなある日、保育経験のある友人から
「発語が遅れてるみたいだし、保健センターでも気軽に相談できるから、相談してみたら?
 早いうちのほうが、きっと効果もでるよ!」
と、明るく声をかけてもらいました。

その友人は、知識があり、いろいろわかったうえで声をかけてくれたんだと後からわかります。

様子見しておこうと思ったのですが、胸がざわざわする感じがしましたし、相談だけでもしたほうがいいのかな…と、思いつつ、ネットで調べてみました。
そこで見たのは「発達障がい」という4文字でした。

まさか、うちの子が…!そんなはずない…!!

診断が出るまで、8ヵ月近くかかったこともありました。
発達障がいを診断できる病院も先生も、本当に少ないのが現状です。
また、診断を希望するお子さんは年々増えています。
最初に受診できるまでに3カ月~1年待ちは普通かもしれません。

「現状を否定したい」
「なにもかも待たなければならない」
そんな思いとともに、毎日ネットや本を見ては絶望の気持ちになっていました。
底なし沼にずぶずぶとはまっていくような気持ちでした。

息子の元気な姿がなによりも励みでした。

落ち込んでいる私に、その保育経験のある友人が
「診断を受けるのって、ご家族のためもあるけれども、子どものためなんだよ。
子どもが適切に療育受けたり、本当に早めに対応することがなによりも肝心だから」

そんなふうに悩んでいる私にも声をかけてくれました。

「どうか違っていてほしい」
祈り、願ってきましたが、迎えた診断の日、息子は3才になっていました。