「発達障がいの診断をお出ししますね」

3歳を迎え、お医者さんから告げられました。
どうか発達障がいの診断がおりませんように、祈り願ってきた日々でした。

祈り続けてきたことを綴った①はこちら



「そうか、診断がおりたのか」

うちの子が障がい者か。
どうなるんだろう。
それと同時に、ほっとした気持ちもありました。

あんなに大変だったのは、発達障がいだったからなのか。
発語が遅いのも、そういう理由だったんだ。
自分を責めなくていいんだ。
私は罪悪感でいっぱいだったんだな…そう感じました。

さらにお医者さんから

「障がい名はお子さんが適切にサービスや医療や教育を受けるためにつける診断名です。
 成長するに従って、変わっていったりするからね。
 お父さん、お母さん、頑張りましたね」

そんなふうに頑張りを承認してもらって、とってもうれしかったのを覚えています。
あまり深刻にとらえないよう配慮してくださったのもありがたかったです。
肩の力が抜けて、これからが長い本番、がんばろうと思ったのでした。
いろいろな療育にも通いました。
息子も療育に通いは楽しいようでした。
新しくできることが増えることは息子もうれしそう。
一緒に息子と頑張っている気持ちもありました。


諦めたもの

とはいっても、諦めたものもあります。
市の発達支援センターが遠くて、電車とバスを乗り継ぎます。
朝が早かったこと、乗り継ぎのたびに息子が嫌がり泣きわめくのです。

「申し訳ないです。もう行けません」

ある日泣き叫ぶ息子を抱きしめながら駅から泣きながら電話したこと。
あるマンツーマンの療育の先生と合わなくて、通うのが苦しかったことなど。

あの頃は必至だったのですが、今考えるといっぱい頑張っていたなぁと、懐かしい思い出です。


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「人の手を借りる」大事さ


幼稚園入園や療育のかいもあり、言葉が増えたり、落ち着きが出ました。
かなりの成長が見られました。

子どもはできるだけ親がみてあげたい、そうするのが一番だと思っていました。
でも、「人の手を借りる」大事さを思い知りました。

我が子のことを一番知って、のばしてあげられるのは親。

そう思っていましたが、それは傲慢だったな~と、思います。
そんなこと本当にないな…。
プロってほんとうにすごいなと感じました。
人の手を借りることは、恥ずかしいことじゃない。
お願いしたことで、得られたことはとても大きかったです。
先延ばししなくて本当によかったなと思っています。

そして私自身も「ほっとできる自分の時間」ができました。


そして、信頼する

そして、子ども自身の成長も信頼しようとも思いました。

親と子が離れている時間に、子どもは子どもの世界を生きていく。
どんどん成長していくんだな。
大事なところは手を握り、抱きしめ、見ていきたい。
だけど、私は手を離せるところは離そう。
子どもを信頼しよう、世界を信頼しようと思いました。
世界は優しかったのでした。
一方で、幼稚園のみんなと集団に入ることで改めて感じたこともありました。
息子の特性に本人も先生方もお友達も「困っているところもあるな」ということです。

小学校も、定型発達(まわりのお子さん)と「同じことを求めてられること」への諦めも段々ついていきました。

普通級への進学も視野には入れていました。
でも、息子の特性をわかってもらえたうえで、勉強も毎日の生活もみてもらえる支援級を選びました。

我が家は、支援級を選んで本当によかったな!と、感じています。

3に続きます↓↓

発達障がい児の子育て③ ~底なし沼から這い出て~ : 生きづらさ(恋愛・夫婦・親子)◆いしだちさ (blog.jp)